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2006年12月 アーカイブ

2006年12月03日

Richie McCaw

Richie McCaw
名前
Richard Hugh "Richie" McCaw
ポジション
Openside Flanker
誕生日
1980.12.31
出生地
Oamaru, NZ
身長
187cm
体重
106kg
ANZC 所属チーム
Canterbury
Super14 所属チーム
Crusaders
ニックネーム
Fluffy
世界最高のラグビープレイヤー...少なくとも2006年、彼をそう呼ぶことに躊躇いを持つ必要は何も無い。

屈強な体躯に備わるスピードとパワー、優れた戦術眼と強力な統率力。密集の中心には常に彼がおり、泥と汗と血にまみれながら献身的にチームを支える、オールブラックスの若きキャプテンである。
常に接点に身を置くため反則や警告を受けることも多いが、無闇なラフプレーヤーなどではなく選手間でも尊敬と信頼を得ていることは、2006年のIRPA Awards(選手同士による年間最優秀選手の投票)を受けていることなどからもうかがい知ることができる。

Otagoで生まれ育ち7歳でラグビーを始めた彼は、Otago Boys' High Schoolで寄宿生活に入る。当時はNo.8をつとめ、19歳以下・21歳以下のニュージーランド代表として共に世界大会で優勝を飾るなど、まさに順風満帆な競技生活を送る。
その後Lincoln Universityの農学部にラグビーの奨学金制度で入学することが決まり、Christchurchに移住。そのままNPCのCanterbury、Super12(現在のSuper14)のCrusadersに選出され、20歳にしてオールブラックス入りを果たす。
オールブラックスでのデビューはこの時のアイルランド戦。いきなりman of the matchを獲得する活躍を見せると、2002年にはIRPAで最優秀新人賞を受賞。ナショナルチームでも輝かしいスタートを切った。

2004年、彼はプレー中に頭に大怪我を負い、しばらくの間プレーの第一線から退くことになる。
しかしそんな中にあっても周囲の彼への信頼は揺らがず、Canterburyは彼をキャプテンに指名する。シーズン途中に復帰したRichieはこの信頼に応え、チームを優勝に導いた。
この年のウェールズ戦では、弱冠23歳にして遂に60代目となるオールブラックスのキャプテンをも務めることになる。

翌2005年にも頭部の怪我は彼を苦しめ続け、あまりにも献身的な彼のプレーは度重なる失神による「落ち癖」となってしまう。それでもRichieは必死にプレーを続け、この年からキャプテンを任されたCrusadersでもチームを優勝の栄誉に導く。
この年のオールブラックスでは大ベテラン・Tana Umagaキャプテンを副キャプテンとして支え、2006年にUmagaが代表引退を表明するとGraham Henry監督より公式に次期キャプテン襲名が告げられた。

Richie McCawCrusadersでの連覇、Tri-Nations優勝、代表テストマッチ12戦11勝、IRPA最優秀選手、IRB最優秀選手と、その2006年は彼の輝かしいラグビー人生の中でも頂点を極めるものとなった。
この年の彼のTry-Nationsにおけるタックル数89という数字は、2位のチームメイトDan Carterの64、3位のオーストラリアのDaniel Vickermanの60を大きく引き離し、その前線を底から支えるひたむきなプレーぶりを象徴していると言えよう。

なお、このサイトの左端にあるRichieの写真は、皮肉にも2006年に唯一の敗北をスプリング・ボックスから喫した直後のものである(NZ RUGBY WORLD第96号より)。彼の代表キャプテン10戦目にして初の敗戦でもあったが、強い眼光と深い切傷を止めるホチキスの鈍い光が、彼への揺るぎない信頼感がどこから来ているのかを雄弁に物語っている。

2007年、26歳になっている若武者は、ワールドカップ優勝という更に大きな栄誉に向かいオールブラックスを率い邁進していくだろう。

主な受賞
2001年:21歳以下代表 最優秀選手賞
2002年:NPC Division One 最優秀選手賞
2002年:IRPA 最優秀新人賞
2003年:Kelvin Tremain記念杯 最優秀選手賞
2004年:NPC Division One 最優秀選手賞
2005年:IRB 最優秀選手賞ノミネート
2006年:IRPA 最優秀選手賞
2006年:IRB 最優秀選手賞
2006年Kelvin Tremain記念杯 最優秀選手賞

ニュージーランド代表歴
1999年:19歳以下代表
2000年~2001年:21歳以下代表
2001年~2006年:オールブラックス

2006年12月04日

2006年 Steinlager Rugby Awards ノミネート発表

12月4日、ニュージーランド国内でその年に最も活躍した選手や団体を表彰する Steinlager Rugby Awardsのノミネートを発表した。

注目の最優秀選手は昨年と一昨年の同賞受賞者であるDan Carter、既にIRPA、IRBで2006年の最優秀選手賞を受賞しているRichie McCaw、安定したプレーでオールブラックスとChiefsのセンターラインを支えたMalili Muliainaが候補に挙がっている。
ニュージーランド国内では「Dan Carterの三連覇か、Richie McCawのNZメジャー三冠か」という論調の様子。
彼ら2人の突出したプレーぶりはもちろん賛嘆に値するが、現在のオールブラックスの最強ぶりは全てのポジションを支えるタレントたちの層の厚さに拠る。ここは是非、彼ら以外の選手にもスポットをあてる機会を与えて欲しいとも思う。

Dan Carterはまた、彼のCrusadersの同僚であるLeon MacDonaldや、IRPAの最優秀新人にも選ばれたHurricanesのJason Eatonらと共にSuper14の最優秀選手候補にも挙げられている。

チーム賞としてはTry-Nationsなどを制したAll Blacks、Super14の覇者Crusaders、NPC王者のWaikatoに加えて女子ラグビーワールドカップ優勝のBlack Fernsもノミネートされ、この1年のニュージーランドの活躍を象徴する悩ましい選考となりそうだ。

各賞の受賞者は12月14日(木)にAucklandのSKYCITYで発表される。


2006 Steinlager Rugby Awards Nominees

NZRU Referee of the Year
Paul Honiss
Bryce Lawrence
Steve Walsh

Women’s Player of the Year
Huriana Manuel (Auckland)
Amiria Marsh (Canterbury)
Rochelle Martin (Auckland)

New Zealand Rugby Volunteer of the Year
Tom Clarkson (West Coast)
Jock Martin (Otago)
Maurie Scanlon (Canterbury)

Rebel Sport Super 14 Player of the Year
Daniel Carter (Crusaders)
Jason Eaton (Hurricanes)
Leon MacDonald (Crusaders)

adidas Team of the Year
All Blacks
Black Ferns
Crusaders
Waikato

AA Rewards Heartland Championship Player of the Year
Tomasi Kedrabuka (Wairarapa Bush)
Scott Leighton (Poverty Bay)
Denning Tyrell (Wanganui)

Air New Zealand Cup Player of the Year
Cory Jane (Wellington)
Richard Kahui (Waikato)
Hayden Triggs (Manawatu)

New Zealand Rugby Coach of the Year
Robbie Deans (Crusaders)
Warren Gatland (Waikato)
Graham Henry (All Blacks)

Kelvin R. Tremain Memorial Player of the Year
Daniel Carter (Canterbury/Crusaders/All Blacks)
Richie McCaw (Canterbury/Crusaders/All Blacks)
Malili Muliaina (Waikato/Chiefs/All Blacks)

その他 各賞
NZRU Age Grade Player of the Year
Tom French Memorial Maori Player of the Year
Richard Crawshaw Memorial Sevens Player of the Year

2006年12月05日

Dan Carter

Dan Carter
名前
Daniel William Carter
ポジション
First Five-Eighths
誕生日
1982.3.5
出生地
Leeston, NZ
身長
178cm
体重
91kg
ANZC 所属チーム
Canterbury
Super14 所属チーム
Crusaders
ニックネーム
D.C, Dezzy
世界最高のFly-half、オールブラックスの若き司令塔。 Canterburyで、Crusadersで、そしてもちろんAllBlacksで、Richie McCawと双璧を成すDan Carterは、普段の柔らかい物腰とシャイな語り口調からは想像できない、圧倒的な存在感をグランドで示す。

彼の父親が庭の菜園を潰して3本の木をゴールポスト代わりに植えた時から、Dan Carterのラグビー人生は始まった。8歳の彼は、母親の夕食を告げる声が聴こえるまで毎日練習に励んだという。
2002年に南アで開かれた21歳以下のワールドカップで、イングランド戦の25得点をはじめ72得点をあげ得点王に輝くなど、若くして将来を嘱望されていた。
翌2003年には21歳で早々にCrusadersでスーパーリーグに登場。更に同年にオールブラックスにも選出され、代表デビュー戦となったウェールズ戦で20得点をあげる活躍を見せる。
その2003年のワールドカップでも素晴らしい働きをするが、当時のオールブラックスのFirst Five-Eighths(日本ではSOと言う方が多い)には"King"とも称されるCarlos Spencerが君臨していた。2004年のTry-Nations終了まで、彼の代表でのポジションは専らSecond Five-Eighthsであった。

2004年の暮れ頃から、King Carlosのトリッキーすぎるプレーと不安定なキックに比べ、極めて安定した働きを見せるDan CarterがオールブラックスのFirst Five-Eighthsを務める機会が増えていく。
そしてそれは2005年のBritish & Irish Lionsツアーでの大活躍で不動のものとなった。
伝統のLions戦だが、それまでの1試合での最多得点記録は18。このシリーズ中の1試合で彼は実に33得点、後半だけでもそれまでの記録を塗り替えてしまう22得点をあげ、宿敵を完全に粉砕。ニュージーランド国民を狂喜させた。
この年、彼はIRPA最優秀選手、IRB最優秀選手、NZ最優秀選手などを全て手中にし、国際的にも世界最高の選手として完全に認知される。

Kickin' Dan Carter卓越したスピードと鋭いサイドステップで敵のディフェンスラインを切り裂き、優れた戦術眼と一瞬の判断力で攻守にチームを操る。
そして彼は世界最高のプレースキッカーでもあり、先の南ア戦で見せた62mのペナルティキックは国際試合においての最長記録となっている。

端正なルックスと落ちついた言動は女性からも絶大な人気を誇るが、現在はニュージーランド女子ホッケー代表のHornor Dillonと交際中。
2006年11月には、彼に関する本"Dan Carter"も出版された。
また、ラグビー選手にならなかった場合の夢は「下着モデル」だそうで、念願かなって(?)JOCKYという下着メーカで肉体美を披露している。

これまでの彼の代表での総得点は、既にオールブラックス歴代3位。そしてトライ数(12)と1試合あたりの平均得点(14.75)は、いずれも上位2人(Grant FoxとAndrew Mertens)を上回っている。
なおも成長を続ける24歳の若き天才は、そう遠くない将来に「史上最高」の名を手に入れるかもしれない。

主な受賞
2004年:Kelvin Tremain記念杯 最優秀選手賞
2004年:Rebel Sport Super 12 最優秀選手賞
2005年:Kelvin Tremain記念杯 最優秀選手賞
2005年:IRB 最優秀選手賞
2005年:IRPA 最優秀選手賞
2006年:IRB 最優秀選手賞ノミネート

ニュージーランド代表歴
2002年:21歳以下代表
2003年~2006年:オールブラックス

2006年12月06日

Ali Williams

Ali Williams
名前
Ali Williams
ポジション
Lock
誕生日
1981.4.30
出生地
Auckland, NZ
身長
202cm
体重
112kg
ANZC 所属チーム
Auckland
Super14 所属チーム
Blues
ニックネーム
AWARMS
抜群の運動神経を誇るオールブラックスの若きLock。 巨体に似合わぬ器用なボール捌きで相手のラインアウトを脅かし、抜群の走力で数十メートルを走りきってトライを決める。

幼い頃からラグビー一筋という少年が多いニュージーランドにあって、学生時代はサッカーやテニス、クリケットでの州代表に選ばれた経歴を持つ万能アスリート。
ラグビーを始めたのはなんと19歳の時で、そのわずか4年後の2002年にはBluesで世界のトップリーグにデビューしている。
同年に、早くもオールブラックスのヨーロッパ遠征に呼ばれる。この時のイングランド戦で敵チームのキャプテンであったMartin Johnsonにそのプレーぶりを褒め称えられ、ユニフォームを贈られた。

まだ25歳であるが、既にオールブラックスでも古株の部類。
パートナーのChris Jackと共に、前線のリーダーシップをとる。

ニュージーランド代表歴
2002年~2006年:オールブラックス

公式HP

Chris Jack

Chris Jack
名前
Christopher Raymond Jack
ポジション
Lock
誕生日
1978.9.5
出生地
Christchurch, NZ
身長
202cm
体重
115kg
ANZC 所属チーム
Tasman
Super14 所属チーム
Crusaders
ニックネーム
Jacko
オールブラックス不動のLockであり、チームの大黒柱。

やはり元Canterbury, CrusadersでLockとしてプレーした兄・Graham Jackを追いかけるようにラグビーを始めたChrisは、すぐにその恵まれた長身とボール捌きの上手さで頭角をあらわす。
1997年に19歳以下の代表入りをした際には、未来のオールブラックス-「if」ではなく「when」と評され、その将来を約束された存在だった。
98年、99年には21歳以下の代表にも選ばれ、その99年にはCanterburyおよびCrusadersに入団。2000年までの3連覇の一翼を担う。
2001年には遂にオールブラックス入り。そのデビュー戦ではアルゼンチンを相手に、途中交代からの出場後わずか11分でトライを決めた。
2002年にもCrusaders優勝の原動力として大いに活躍し、その年の最優秀選手賞を獲得している。

順風満帆に見える彼のラグビー生活はしかし、常に過剰な期待によるプレッシャーに晒されていた。
Chrisの代表デビュー直前頃まで豪州代表を率いていた伝説的Lock、John Ealesを引き合いに出して比べられるなどメディアやファンの彼に対する期待は加熱し、この柔和で繊細な大男の心を押しつぶしていく。
2003年のワールドカップ敗退を境に彼のモチベーションは下降線を辿り、遂には代表引退を考えるようにまでなってしまう。

2004年夏、漸く精神的に立ち直った彼は再びオールブラックスのジャージに袖を通し、輝きを取り戻していく。
安定したラインアウト、ゲインラインを確実に押し上げる強力な突進力。既にオールブラックスで6年以上プレーし、精神的深手をを乗り越えた2mを越すの彼の存在は、まさにチームの大黒柱と呼ぶにふさわしい。
2006年の夏にはデビュー当時よりプレーし続けていたCanterburyを離れ、翌シーズンよりTasmanでプレーすることを選択。
2007年、周囲の期待に応えるためではなく彼自身の望みを叶えるため、自身2度目のワールドカップに挑む。

Chris Jack in Bathroom主な受賞
2002年:Kelvin Tremain記念杯 最優秀選手賞
2002年:Rebel Sport Super 12 最優秀選手賞

ニュージーランド代表歴
1997年:19歳以下代表
1998~1999年:21歳以下代表
2000年:ニュージーランドA代表
2001年~2006年:オールブラックス

2006年12月08日

新たなスクラム方法

シドニーで昨日、来年のRebel Sport Super 14で施行されることになっている、新しいスクラム方法についてのロードテストが行われた。

今回の変更は、スクラムをエンゲージする際に最前列の激しい衝突を緩和するため、プロップの選手があらかじめ相手の選手と肩をあわせておくというもの。
組んだ瞬間に骨の軋む音が聴こえるというスクラムの衝撃から、特に前線の選手を脊髄の怪我から守るために効果があると見られている。

元Wallabies監督で現在はRedsで指揮をとるEddie Jonesは、タイミングの計り方が難しくなることを指摘した上で、これが安全面で有効であることを認めた。

CrusadersのコーチであるRobbie Deansもまた、スクラムによる大怪我の発生はそれほど頻度は高く無いものの選手を怪我から守るのは大切な問題であるとし、今回の変更を支持している。

IRBではこの他にも、密集状態で手を使ってプレーすることに対する制限を緩めるなどのルール変更を幾つかの場所で試し、検討していく模様。

2006年12月10日

Leicester TigersがMaugerをあきらめMcAlisterに食指

Luke McAlister英国で最も成功しているクラブチームの1つであるLeicester Tigersが先週、公式にLuke McAlisterの父Charlieと面会した。
同チームは夏ごろより最重点強化ポイントであるセンターバックを補強すべく、オールブラックスのAaron Maugerと交渉を進めていた。しかし遅々として進まない交渉にしびれを切らしたことと、先のヨーロッパ遠征でMcAlisterの評価が急上昇したことから方向転換したのではないかと見られる。

Lukeの父親は下交渉があったことを認めながらも、何らかの結論には当分至らないことを強調した。
また、他にも幾つかのヨーロッパのチームが彼に興味を示していることもほのめかしている。

彼は最近、New Zealand Rugby Unionとの契約を1年延長した。
彼の目標はオールブラックスのコンスタントなレギュラーになることだが、Fly-halfのポジションでDan Carterをベンチに追いやることは難しいと言わざるをえない。が、No.12としてならば可能性は十分にある。
先のヨーロッパ遠征後、元オールブラックスのキャプテンでもあったSean FitzpatrickはNZ Herald紙のコラムで次のように書いている。
「自分は彼を、この遠征前には"世界で2番目のNo.10"だと言っていた。遠征後、彼のことを"世界最高のNo.12"だと思うようになった」

サラリーキャップ制をしいている英国ラグビーでは、補強費の割り当てを決めるために極力早い時点での契約を望む傾向にある。
今後もLuke McAlisterに限らず、あるいはLeicester Tigersに留まらず多くのオファーが飛び交うことが予想される。

資金力に勝るヨーロッパに有力選手が流出していくことは、ニュージーランドにとっても世界のラグビー界にとっても決してプラスにはならないだろう。
サッカーにおいては既にその事態は顕著であり、ワールドカップ参加資格の国籍制限がかろうじてナショナリズムを維持させている。プロ野球においてもメジャー志向は年々強まり、各国のローカルリーグの人気底上げを阻害する要因にもなっている。
ラグビーは商業的にやや立ち遅れているため、他のインターナショナルスポーツの成功例や失敗例を手本にすることができる。
選手の流出問題にどのように対処するのか、特に南半球のラグビー協会は真剣に考えていかなければならない。

2006年12月11日

Keven Mealamu

Meven Mealamu
名前
Keven Filipo Mealamu
ポジション
Hooker
誕生日
1979.3.20
出生地
Waikato, NZ
身長
181cm
体重
106kg
ANZC 所属チーム
Auckland
Super14 所属チーム
Blues
ニックネーム
Kevie
オールブラックス最前列の中核を担うスクラムの要。

現在でこそ世界有数のHookerとして知られるKevenだが、1998年まではFlankerとして活躍し16歳以下のニュージーランド代表にも選ばれるなどしていた。
2000年にBluesでスーパーリーグデビュー。2002年には一時的にChiefsに移籍し、その年にオールブラックスに召集される。
2006年にはBluesのキャプテンに就任。

正確なラインアウトの投げ入れと強力なスクラムでチームを支えるが、同時に彼は一瞬で相手ディフェンスを切り裂く抜群の瞬発力をも併せ持つ。
その走力ゆえに「4人目のルーズフォワード」とも称されるユーティリティー・プレーヤーである。

ニュージーランド代表歴
1995年:16歳以下代表
1996年:ニュージーランド高校代表
2000年:21歳以下代表
2000年:ニュージーランドA代表
2002年~2006年:オールブラックス

次期日本代表監督John Kirwan氏がNEC戦後に挨拶

10日に行われたNECグリーンロケッツ vs ヤマハ発動機ジュビロの終了後、現役時代はNECでプレーしたこともある元オールブラックスのJohn Kirwan氏がマイクを持ち、スタンドに向かってワールドカップへの抱負を語った。

後半40分過ぎに同点のトライ、逆転のコンバージョンを決めNECが劇的な勝利をおさめた後、次期日本代表の監督就任が決まっているJohn Kirwan氏がチームアドバイザー退任の挨拶を行った。

「私の前には新しい挑戦が待っています。出来ることならば、次のワールドカップで2勝したい。自分の心の中でNECというチームは非常に重要な位置を占めています。これからもNECと日本のラグビーを応援して下さい。ありがとうございました。」

日本は今まで全てのワールドカップ大会に出ているが、通算で未だに1勝。95年の第3回大会ではオールブラックスを相手に145-17という歴史的大敗も喫している。
次回ワールドカップで日本と同じプールで対戦するのはAustralia、Wales、Fiji、Canada。
低迷する日本ラグビーのため、彼の手腕に期待したい。

2006年12月16日

McCaw 2006年を完全制覇

14日、NZRUによる2006年のニュージーランドラグビーで活躍した選手や団体に対する各賞が、AucklandのSkyCityで発表された。
注目の年間最優秀選手は、大方の予想通りオールブラックスキャプテンRichie McCawが獲得。
IRPA、IRBに続く最優秀選手賞で、まさに2006年を完全に席巻した。

他に最優秀選手賞候補に挙がっていたのは、CrusadersのチームメートでもあるDan Carterや、オールブラックスで主にFull BackをつとめるChiefsのMalili Muliaina。このうち、Dan Carterは同賞3連覇は逃したもののSuper14最優秀選手に選ばれた。

Age-grade player of the year
Michael Paterson (Canterbury and New Zealand under-21)
Sevens player of the year
Tafai Ioasa (Hawke's Bay)
Referee of the year
Paul Honiss
Women's player of the year
Amiria Marsh (Canterbury)
Volunteer of the year
Jock Martin (Otago)
Super 14 player of the year
Daniel Carter (Crusaders)
Team of the year
All Blacks
Maori player of the year
Carl Hayman
Heartland Championship player of the year
Scott Leighton (Poverty Bay)
Air New Zealand Cup competition player of the year
Richard Kahui (Waikato)
Coach of the year
Graham Henry (All Blacks)
Steinlager Salver
Stan "Tiny" Hill
Player of the year
Richie McCaw (Canterbury, Crusaders and All Blacks)

2006年12月24日

All Blacks、アメリカやアジアへ"興行"進出

NewZealand Heraldによると、オールブラックスは今後、主催国から招待費をもらってプレーをしに行く、いわゆる「興行」の形でアメリカやアジアへマーケットを拡げていく目論見を持っているという。

All Blacks to hit the trail in the US

通常、国際試合での入場料は全て開催国が収益として確保する。
しかし今年、オールブラックスは英国へ300万ドルの「招待料」をもらって遠征した。
前回W杯の優勝から急速に低迷してしまったイングランドラグビーを少しでも盛り上げるため、集客力のあるオールブラックスを有料でも招致しようという決断であった。
試合としてはイングランドとオールブラックスの、開く一方の実力差を見せ付ける試合展開とはなってしまったものの、超満員の観衆はラグビーの醍醐味を満喫していったはずだ。

今後もこういった形式での遠征に可能性を見出したニュージーランドラグビー協会は、特に季節が逆で国内でのオフシーズンに遠征できる国、スポーツ興行で収益のあがる大きなマーケットとして、スポーツ大国アメリカや世界第三位のラグビー競技人口を誇る日本などをターゲットとして挙げていると見られる。
同時に、ジュニアオールブラックス(いわゆるA代表)やマオリ(ニュージーランド原住民族マオリの血をひく選手で構成されるナショナルチーム)などの2ndチームも、ラグビー後進国に世界レベルのラグビーを紹介するなどの目的での「有料遠征」が検討される。

サッカーなどの例を挙げるまでもなくスポーツにおいてトップレベルのプレーを「観る」ということは、フィジカルやスキルがそこに未だ遠く及ばなかったとしても、戦術眼の向上やモラルの方向付けに非常に有益だ。
また、McAlisterの移籍問題を取り上げた際にも言及したが、特に南半球のラグビー大国からの選手流出は真剣に考えていかなければならない問題である。
今回ニュージーランドが模索している方向は、こういった経済先進・ラグビー後進国の思惑と、経済的には苦しい南半球のラグビー先進国両者の思惑を噛み合わせる、ひとつの解決策になりうるのかもしれない。