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彼の父親が庭の菜園を潰して3本の木をゴールポスト代わりに植えた時から、Dan Carterのラグビー人生は始まった。8歳の彼は、母親の夕食を告げる声が聴こえるまで毎日練習に励んだという。
2002年に南アで開かれた21歳以下のワールドカップで、イングランド戦の25得点をはじめ72得点をあげ得点王に輝くなど、若くして将来を嘱望されていた。
翌2003年には21歳で早々にCrusadersでスーパーリーグに登場。更に同年にオールブラックスにも選出され、代表デビュー戦となったウェールズ戦で20得点をあげる活躍を見せる。
その2003年のワールドカップでも素晴らしい働きをするが、当時のオールブラックスのFirst Five-Eighths(日本ではSOと言う方が多い)には"King"とも称されるCarlos Spencerが君臨していた。2004年のTry-Nations終了まで、彼の代表でのポジションは専らSecond Five-Eighthsであった。
2004年の暮れ頃から、King Carlosのトリッキーすぎるプレーと不安定なキックに比べ、極めて安定した働きを見せるDan CarterがオールブラックスのFirst Five-Eighthsを務める機会が増えていく。
そしてそれは2005年のBritish & Irish Lionsツアーでの大活躍で不動のものとなった。
伝統のLions戦だが、それまでの1試合での最多得点記録は18。このシリーズ中の1試合で彼は実に33得点、後半だけでもそれまでの記録を塗り替えてしまう22得点をあげ、宿敵を完全に粉砕。ニュージーランド国民を狂喜させた。
この年、彼はIRPA最優秀選手、IRB最優秀選手、NZ最優秀選手などを全て手中にし、国際的にも世界最高の選手として完全に認知される。
卓越したスピードと鋭いサイドステップで敵のディフェンスラインを切り裂き、優れた戦術眼と一瞬の判断力で攻守にチームを操る。
そして彼は世界最高のプレースキッカーでもあり、先の南ア戦で見せた62mのペナルティキックは国際試合においての最長記録となっている。
端正なルックスと落ちついた言動は女性からも絶大な人気を誇るが、現在はニュージーランド女子ホッケー代表のHornor Dillonと交際中。
2006年11月には、彼に関する本"Dan Carter"も出版された。
また、ラグビー選手にならなかった場合の夢は「下着モデル」だそうで、念願かなって(?)JOCKYという下着メーカで肉体美を披露している。
これまでの彼の代表での総得点は、既にオールブラックス歴代3位。そしてトライ数(12)と1試合あたりの平均得点(14.75)は、いずれも上位2人(Grant FoxとAndrew Mertens)を上回っている。
なおも成長を続ける24歳の若き天才は、そう遠くない将来に「史上最高」の名を手に入れるかもしれない。
主な受賞
2004年:Kelvin Tremain記念杯 最優秀選手賞
2004年:Rebel Sport Super 12 最優秀選手賞
2005年:Kelvin Tremain記念杯 最優秀選手賞
2005年:IRB 最優秀選手賞
2005年:IRPA 最優秀選手賞
2006年:IRB 最優秀選手賞ノミネート
ニュージーランド代表歴
2002年:21歳以下代表
2003年~2006年:オールブラックス
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